ウミウシの学名は誰由来? — オバマ、ピカチュウ、kimotoi まで
ウミウシの学名を眺めていると、「これって誰の名前?」と思う種に出会うことがある。Placida barackobamai、Thecacera pikachu、Hypselodoris babai、Phyllidia goslineri ──。学名の末尾につく -i(男性に献名)、-ae(女性に献名)、-orum(複数人に献名)という小さな語尾は、「献名」という分類学独特の文化を示している。
これまで本シリーズでは、Part 1 で Sea Bunny のような海外の通称を、Part 2 でミスガイのような江戸期の古名を扱ってきた。Part 3 では、20 世紀以降のウミウシの学名がどう生まれているかを、人物への献名という切り口から眺めてみる。
1. 実在の人物・キャラクターへの献名
ウミウシの新種記載では、有名人やフィクションのキャラクターに由来する種小名がしばしば話題になる。
Placida barackobamai は、米国第 44 代大統領バラク・オバマへの献名。海洋保護政策を進めた大統領として、海洋生物学者から複数の献名種を捧げられている。
Thecacera pikachu(Pola ほか, 2026)は、ポケモンの代表キャラクター「ピカチュウ」由来。淡橙色の地色に黒い斑点が並ぶ姿が、ピカチュウの黄と黒の配色を思わせることが命名の理由。海外では本種が「Pikachu nudibranch」の愛称で呼ばれていた事情も、原記載で触れられている。
Avaldesia tamatoa(Donohoo & Gosliner, 2024)は、ディズニー映画『モアナと伝説の海』に登場する悪役の巨大ヤシガニ「タマトア」にちなむ。原記載によれば、(1) 体内にある鉤爪状の前庭棘がヤシガニのハサミを思わせること、(2) 淡色個体の背面の結節と乳頭状突起のパターンがタマトアの派手な貝殻装飾を連想させること、の 2 点が命名の根拠とされる。
Paracoryphella ignicrystalla(Korshunova ほか, 2017)の種小名はラテン語で「火」と「氷の結晶」を組み合わせた合成語。ジョージ・R・R・マーティンの大河小説『氷と炎の歌』(『ゲーム・オブ・スローンズ』原作)に重ねた命名で、原記載にその旨が書かれている。
2. 分類学者への献名
続いて、分類学者同士の献名を見ていく。種小名 (例: Hypselodoris babai) は 1 種だけが引き継ぐが、属名 (例: Babakina indopacifica) は属内すべての種が引き継ぐので、その属が有効である限り名前が残り続ける。
以下、当サイトに登録されている種から、献名されている主要な分類学者を挙げる。属レベルで名前が残っているのは 馬場・ベルグ・ゴスライナー・バルデス の 4 名。種数は当サイトに登録された範囲のもので、世界全体ではこれより多い人もいる。
属レベルの献名(4 名)
- 馬場菊太郎(1905-2001)— 種 7 + 属 Babakina
代表例: Babakina indopacifica / Cyerce kikutarobabai / Hypselodoris babai - ルドルフ・ベルグ(1824-1909)— 種 1 + 属 Berghia
代表例: Stiliger berghi / Berghia coerulescens - テリー・ゴスライナー — 種 1 + 属 Goslineria
代表例: Phyllidia goslineri / Goslineria callosa - アンヘル・バルデス — 種 1 + 属 Avaldesia
代表例: Unidentia angelvaldesi / Avaldesia albomacula
種小名レベルでの献名
- ネヴィル・コールマン(1938-2012)— 種 3
代表例: Chromodoris colemani / Phyllodesmium colemani / Melibe colemani - ビル・ラドマン — 種 3
代表例: Phyllodesmium rudmani / Hypselodoris rudmani / Phyllidiella rudmani - リチャード・ウィラン — 種 2
代表例: Chromodoris willani / Phyllidia willani - 濱谷巖 — 種 1: Elysia hamatanii
- 福田 宏 — 種 1: Melanochlamys fukudai
- シンシア・トロウブリッジ — 種 1: Cyerce trowbridgeae
- キャティ・イェンセン — 種 1: Polybranchia jensenae
- ニルス・オドネル(Odhner N. Hj., 1884-1973、スウェーデン Riksmuseum)— 種 1: Doris odhneri
3. ウミウシハンターズと、Hantazuidae 新科
2025 年、Korshunova らは北太平洋の hidden diversity をテーマにした大型論文の中で、新科 Hantazuidae を立てた。語源は、池田雄吾氏がオーナーを務める城ケ島のダイビングクラブの名前「ウミウシハンターズ」のカタカナを短縮した「ハンタズ」。
新科に含まれる新種 3 種すべてが、Korshunova らが調査・標本提供で世話になった日本人の市民科学者への献名である。
- Hantazuia yugoikedai — 池田雄吾氏(城ケ島・ウミウシハンターズのオーナー)
- Hantazuia kimotoi — 当サイト運営者 木元伸彦
- Hantazuia imagawai — 沖縄のダイビングサービス Ocean Blue 代表 今川 郁氏
3 名は同じクラブのメンバーではない。それぞれ独立にウミウシの観察・採集で Korshunova らに協力した citizen scientist で、献名先が結果的に 3 名とも日本人になった。19〜20 世紀の馬場・ベルグへの属献名が先達への敬意だったのに対し、Hantazuidae は現役のフィールド観察者への謝意として 分類体系に組み込まれている、やや珍しい例。
4. まとめ
Part 1 (Sea Bunny 等の通称) → Part 2 (江戸の古名) → Part 3 (現代献名) で ウミウシの命名史を時代軸で並べた。現代の献名は、分類学者が同時代の協力者・先達・サークルへ向けた「謝意の記録」として学名に残っている。
各人物の歩んだ道や、献名の背景にある具体的なエピソードは、個別の人物伝シリーズで詳しく扱う予定。まずは馬場菊太郎博士の回(Week 1 公開予定)から。
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