ウミウシの色は本当に「構造色」か — 一次文献で読む色のメカニズム多経路

ウミウシの色は本当に「構造色」か — 一次文献で読む色のメカニズム多経路

2026年05月15日 ·

2026 年 4 月に「ウミウシの色彩は『構造色』だったと判明」という見出しの popular science 記事が複数の web メディアで出回った。元になっているのは Humphrey et al. (2026) が Proceedings of the National Academy of Sciences に発表した論文で、ウミウシの体色がグアニン (guanine) のナノ結晶による構造色だと示したというものだ。

ただし、この紹介には大きく 2 つの誤解がある。1 つ目は「ウミウシ」と一括りにされているが、論文が対象としたのは 6 種、イロウミウシ科 (Chromodorididae) 4 種に加えてオオミノウミウシ科 (Aeolidiidae) 2 種で、ウミウシ全体ではないこと。2 つ目は「従来は色素と考えられていた」と書かれているが、ウミウシのうち色素由来や盗葉緑体 (kleptoplasty) 由来の色を持つ種は今でも非常に多い、ということだ。

この記事では Humphrey et al. (2026) が実際に示したこと、そして「ウミウシの色」を構成する複数の独立した経路 — 食餌由来の色素、盗葉緑体、構造色 — を一次文献を当たりながら整理する。

Humphrey et al. (2026) が実際に示したこと

論文タイトルは「Nudibranch color diversity shares a common physical basis in guanine photonic structure 'pixels'」。Max Planck Institute of Colloids and Interfaces (Potsdam) と University of Cambridge の共同研究で、筆頭著者は Samuel Humphrey、責任著者は Silvia Vignolini。

対象は 6 種。イロウミウシ科の Chromodoris annae、Chromodoris willani、Hypselodoris bullockii、Hypselodoris tryoni に加え、オオミノウミウシ科 (Aeolidiidae) の Spurilla neapolitana、Berghia stephanieae も含まれる。論文の主張のひとつが「色多様性の共通基盤」なので、ドーリス目とミノウミウシ群 (Cladobranchia) という系統的に離れたグループを横断して比較した形になっている。手法の目玉は cryogenic focused ion beam (cryo-FIB) SEM tomography で、皮膚内のグアニン結晶板 (nanoplatelet) の 3 次元配置を再構成した。

アンナウミウシ Chromodoris annae — 鮮やかな青色帯はグアニン構造色
アンナウミウシ Chromodoris annae — 鮮やかな青色帯はグアニン構造色
ゾウゲイロウミウシ Hypselodoris bullockii — 青色帯は guanine 多層構造由来
ゾウゲイロウミウシ Hypselodoris bullockii — 青色帯は guanine 多層構造由来

論文の新規性は「構造色そのものを発見した」ことではなく、グアニン多層構造が「ピクセル状」に集合し、各ピクセル内で結晶板の配向が少しずつ乱れることで、角度に依存しない (angular-independent) マットな色を作り出すというメカニズムを示した点にある。多くの動物の構造色 (例えばモルフォチョウ) は見る角度で色が変わる iridescence だが、ウミウシの体色はどの角度から見てもほぼ同じ色に見える。捕食者への警告色 (aposematism) として機能するためには、角度に依存しない方が識別性が高いという議論が論文中で展開されている。

論文 link: Humphrey, S. et al. (2026). Nudibranch color diversity shares a common physical basis in guanine photonic structure 'pixels'. PNAS 123(12): e2525419123.

bioRxiv preprint も公開されている: Humphrey et al. (2025) bioRxiv 2025.09.06.674434

ウミウシの色を生む 3 つの主な経路

ウミウシ (広義) は世界で約 3000 種が知られており、体色のメカニズムは単一ではない。少なくとも 3 つの独立した経路がある。

経路 1: 食餌由来の色素 (大半の種)

イロウミウシ科を含む多くのドーリス類は、餌の海綿 (sponge) から二次代謝物を取り込んで化学防御に転用することが古くから知られている。Cimino & Ghiselin (2009) "Chemical defense and the evolution of opisthobranch gastropods" (Proceedings of the California Academy of Sciences 60: 175-422) は後鰓類の化学防御と進化を扱った代表的な総説で、この分野のレファレンスになっている。

色素も同様に餌から取り込まれる例が多い。Triopha catalinae (旧 T. carpenteri) の橙色を出している triophaxanthin はアセチレン系のアポカロテノイドで、食餌由来 (dietary) と考えられている。紅海の Hexabranchus sanguineus の赤色色素 hurghadin もカロテノイド系で、ほぼ確実に sequestered (取り込まれた) ものとされる。これらの色は構造色ではなく、純粋に化学的・分子的な吸収と反射に依存する。観察者目線で言えば、餌の系統が変われば色が変わりうる、という関係になる。

ハナサキウミウシ Triopha modesta — 同属の橙色は食餌由来のカロテノイド (triophaxanthin)
ハナサキウミウシ Triopha modesta — 同属の橙色は食餌由来のカロテノイド (triophaxanthin)
スペイン舞姫 Hexabranchus sanguineus — 赤色色素 hurghadin はカロテノイド系で sequestered
スペイン舞姫 Hexabranchus sanguineus — 赤色色素 hurghadin はカロテノイド系で sequestered

経路 2: 盗葉緑体 (kleptoplasty) — 嚢舌類の緑

嚢舌類 (Sacoglossa) のゴクラクミドリガイ類は、餌の藻類から葉緑体だけを取り込んで自分の消化管細胞内に保持する。Elysia chlorotica は黄緑藻 Vaucheria litorea の chloroplast を数ヶ月保ったまま光合成酸素を発生させることが確認されており、ウミウシの体色がそのまま「植物の緑」に近い。

Rumpho et al. (2008) の PNAS 論文では藻類由来 psbO 遺伝子の発現が宿主側で報告されたが、その後のゲノム研究 (Bhattacharya et al. 2013 ほか) でゲノム水平移動の解釈は強く否定され、議論が続いている。2021 年には Maeda et al. が eLifePlakobranchus ocellatus について遺伝子水平移動なしで kleptoplasty が成立することを示した (DOI: 10.7554/eLife.60176)。

いずれにせよ、緑色のゴクラクミドリガイ類は色素でも構造色でもなく「藻類の葉緑体そのもの」が色を出していることになる。嚢舌類は色のメカニズムが他のウミウシ群とは原理的に異なる、というのがこのグループを語る上で外せないポイントだ。

クロミドリガイ Elysia atroviridis — 緑色は餌の藻類から取り込んだ葉緑体由来
クロミドリガイ Elysia atroviridis — 緑色は餌の藻類から取り込んだ葉緑体由来

経路 3: グアニンの構造色 — Humphrey et al. (2026) の領域

Humphrey et al. (2026) が解析対象とした Chromodoris や Hypselodoris の鮮やかな青色帯、紫色帯がここに当たる。Padula et al. (2016) は Felimida clenchi 種複合の色多型を分子系統と組み合わせて検討しており、色パターンが系統的に整合しないこと (mimicry circle 説) を示している。色が形質として強い分類指標になりうる一方、構造色の幾何は系統を超えて似た解にたどり着きうる、という背景がある。

論文 link: Padula V., Bahia J., Stöger I., Camacho-García Y., Malaquias M.A.E., Cervera J.L., Schrödl M. (2016). A test of color-based taxonomy in nudibranchs: Molecular phylogeny and species delimitation of the Felimida clenchi complex. Molecular Phylogenetics and Evolution 103: 215-229.

「構造色だったと判明」の何が誤りか

popular science 記事の主張を改めて整理する。

  • 「ウミウシの色彩は構造色だった」: 過剰一般化。論文が示したのは 6 種 (イロウミウシ科 4 + オオミノウミウシ科 2)、青色帯の機序。緑のゴクラクミドリガイ類は葉緑体由来、橙色のキヌハダウミウシは餌由来カロテノイドであり、これらは構造色ではない。
  • 「従来は色素と考えられていた」: 部分的に誤り。色素由来の色を持つウミウシは現在でも多数存在し、その化学生態学は数十年来研究されてきた分野だ。「すべてのウミウシは色素」という従来説が覆ったのではなく、「イロウミウシ類の鮮やかな青色帯について、グアニン多層構造のピクセル配列で matte / 角度非依存の色を作るメカニズムが明らかになった」というのが論文の本来の主張だ。
  • 「ナノスケールの結晶で色が作られている」: 正しい。ただし対象種に限る。

なぜ angular-independent が重要か

構造色には大きく 2 系統ある。

  • iridescence (虹色): モルフォチョウ、孔雀の羽、CD の裏側のように、見る角度で色が変わる。これは均一で長距離秩序のある格子に光が干渉して起きる。植物では Pollia condensata の青い果実 (Vignolini et al. 2012) が「セルごとに色が違うピクセル状の虹色」として知られる。
  • matte structural color (マットな構造色): 同じ素材を使っていても、ナノ構造の配向に意図的な乱れを与えると角度依存性が消えてマットな見え方になる。アオカケス (Blue Jay) や Cotinga 類の青色羽根に見られる、feather barb 内の quasi-ordered なケラチンナノ構造による non-iridescent な青がこのタイプの代表例として研究されてきた (Saranathan et al. 2012)。

ウミウシの場合、警告色として機能するには「正面から見ても横から見ても青は青のまま」である方が捕食者に学習させやすい。Humphrey et al. (2026) の貢献は「グアニン結晶という同じ素材を、ピクセル間で配向を少しずつ乱して並べることで matte を実現する 3 次元設計」を実体構造として記述したことにある。

seaslug.world での扱い

当サイトでは 色から探す ページから色別に種を探せるが、これは外見上の主色 (primary_color) に基づくフィルタで、メカニズム別の分類ではない。同じ「青」でも、Chromodoris 系の青はグアニン構造色、深海種の半透明青は組織の透明性に近い、といった違いがある。

種ページの説明文には、可能な範囲で「色のメカニズム」に触れる方針で書いている (例: ゴクラクミドリガイ類は「葉緑体由来の緑」、Hypselodoris の青色帯は「グアニン構造色」)。観察者の方は、撮影した個体の色を「何由来か」考えながら見ると新しい発見があるかもしれない。

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