ミズタマウミウシ属の最小種 — Thecacera sesama が台湾から記載
体長 3 mm に満たない、ミズタマウミウシ属で最も小さなウミウシが台湾の浅海から記載されました。半透明の白い体に黒い小さな斑点と黄色い大きめの斑点を散らした、まさに「ゴマを散らしたような模様」が特徴です。
新種 Thecacera sesama Chan & Lee, 2026 は、台湾北東部・新北市瑞芳区沖の水深 18〜30 m のコケムシ群体の上で見つかりました。Chan ほか 6 名の研究グループが、6 個体の標本と COI・16S rRNA 遺伝子の解析を組み合わせて記載しています。
論文 citation
体長 3 mm のミニ Thecacera
ホロタイプの体長はわずか 2.02 mm、最大個体でも 2.83 mm。論文の Table 4 によれば、ミズタマウミウシ属で次に小さい Thecacera vittata (8.5 mm) でさえ 3 倍近い大きさで、本種は属内でずば抜けて小さい種です。
特徴的なのは「黒い小斑点 (0.03〜0.10 mm)」と「黄色いやや大きな斑点 (0.07〜0.15 mm)」が体の全身、触角・触角鞘・鰓・後鰓突起・脚側触手・尾まで隙間なく散っていること。著者らはこの粒状の斑紋を「ゴマ粒をまき散らしたような (sesame-seed-like)」と形容しており、これが種小名 sesama (ラテン語の「ゴマ」) の由来になっています。
T. picta との関係
COI 遺伝子の系統解析では、本種に最も近いのは日本でも観察される Thecacera picta (ツノザヤウミウシ) でした。両者は姉妹群を形成しますが、COI で 14.17 % の塩基置換があり、これは裸鰓類における種間の差として典型的な範囲 (10〜15 %)。
外見でも区別は明確で、T. picta は触角・触角鞘・後鰓突起が黒地にオレンジ色の縁取りを持つのに対し、T. sesama ではこれらの器官が他の体表と同じく半透明白に黒・黄斑を散らしているだけです。
食性: コケムシ食のスペシャリスト
本種は 1 種類のコケムシのみで観察されていて、他のコケムシ上では見つかっていません。著者らは、同じ場所に Thecacera pacifica (ウデフリツノザヤウミウシ) や T. picta も生息し、同じコケムシを食べに来ることを記録しています。3 種の Thecacera と数種の Polyceridae が同じ獲物をめぐって共存している、いわば「コケムシ食ミニ・ニッチ」が台湾北東部で観察されたという格好です。
日本の似た小型 Thecacera との関係
日本でも、ミズタマウミウシ属の小型・未同定種が複数知られています。今回の T. sesama 記載によって「これらが T. sesama と同じ種か」が新たな問いになります。
- ガヒミズタマウミウシ Thecacera sp.12 — 沖縄産個体から得られた COI 配列を、原記載論文の T. sesama (GenBank: PX408749) と比較したところ、K2P 距離で約 11 % が出ました。これは原記載論文が T. sesama と T. picta の差として報告した 14 % と同じオーダーで、ガヒミズタマウミウシは T. sesama とは別種であることが確定しました。
- オセミズタマウミウシ Thecacera sp. 7 — 中野 (2018)『日本のウミウシ』に Thecacera sp. 3 として図示された個体に対応する、当サイトの登録名。原記載論文 Chan et al. (2026) は、本種 T. sesama が捕食するコケムシと、中野 sp. 3 (= 当サイトのオセミズタマウミウシ) の挿絵に写っているコケムシが同じものに見える、と指摘しています。ただし形態の直接比較は行われておらず、中野 sp. 3 が T. sesama に該当するとも断定はされていません。サイトには現状 sp. 7 の DNA データが無いため、T. sesama との関係は今後の COI 比較で初めて確定 します。
日本でも見られる?
論文では「Indo-Pacific に広く分布する可能性」が示唆されています。模式産地は石垣島から直線距離で 200 km 程度、しかも黒潮の流れに乗る場所なので、地理的には日本側で見つかってもおかしくない位置関係です。
ところが、当サイトに登録されている本種の観察例は今のところ 台湾からの 2 件のみ、日本国内からは 0 件です。前節で見たとおり、近隣の石垣・沖縄で観察されている同サイズの Thecacera (ガヒミズタマウミウシ Thecacera sp.12) は、DNA 上 T. sesama とは別種でした。
世界のウミウシのデータからは、論文が示唆する「Indo-Pacific 広域分布」というよりも 本種は意外と局所的で、近隣海域にもうまく分散していないのではないか とも読めます。今後の沖縄・八重山からのサンプル蓄積で見直される可能性はありますが、現時点では台湾とその近傍に集中するかなり狭い分布が暗示されています。日本での観察例が出れば、それ自体が分布論の重要なアップデートになります。
サイトへの反映
- 原記載論文 Chan et al. (2026) を Thecacera sesama の種ページに参考文献として紐付け
- これまで他種として投稿されていた 2 件の観察記録を本種に紐付け直し
締め
ミズタマウミウシ属はこれで世界に 7 種。3 mm 未満の極小サイズという、ダイビング写真では撮るのが難しいレベルの種ですが、コケムシ上を丁寧に見ているといるかもしれません。「ゴマ粒のような黒・黄斑を散らした極小の Thecacera」を見かけたら、ぜひ 写真を投稿してください。
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