世界のウミウシでよく見る「sp.」「spp.」「cf.」ってなに? 学名の暫定表記まとめ

世界のウミウシでよく見る「sp.」「spp.」「cf.」ってなに? 学名の暫定表記まとめ

2024年02月29日 ·

ウミウシ図鑑を眺めていると Costasiella sp. 3 や Jorunna cf. pantherina のような、見慣れない記号入りの学名に出会うことがあります。これらは「学名がまだ確定していない」「形は似ているが種を断定できない」といった状況で使われる暫定表記で、ウミウシのように未記載種が多いグループでは特によく登場します。本記事では sp. / spp. / cf. / aff. / n. sp. の意味と使い分けを整理し、世界のウミウシ独自の番号付けルールや、SNS 投稿時の書き方まで一気に解説します。

学名の基本: 二名法

ウミウシを含む生き物の学名は、属名 + 種小名 の二語で表す「二名法」が基本です。たとえば「テングモウミウシ」の学名は Costasiella kuroshimae で、Costasiella が属名、kuroshimae が種小名。種小名は記載論文 (新種を正式に発表する論文) で命名され、ICZN (国際動物命名規約) のルールに従って一意に固定されます。

テングモウミウシ Costasiella kuroshimae。属名 + 種小名の二名法で表記される、正式に命名された種の例。
テングモウミウシ Costasiella kuroshimae。属名 + 種小名の二名法で表記される、正式に命名された種の例。

問題は、現場で観察される種すべてに記載論文があるわけではない、という点です。未記載 (まだ論文で正式に名前が付いていない) の種や、写真だけでは種までは絞り込めない個体が世界中で次々と見つかります。そんなときに使うのが、この記事のテーマである暫定表記です。

sp. = species (種) の略

「属はわかっているが種が確定していない」ときに使うのが sp. です。ラテン語 species の略で、属名のうしろにスペースを空けて続けます。例: Costasiella sp.

ただし「sp.」だけだと、同じ属で複数の未記載種がいる場合に区別できません。そこで研究者や図鑑が独自に番号を振り、Costasiella sp. 1, Costasiella sp. 2 のように管理します。当サイトでは現在 ハナビモウミウシ Costasiella sp. 1 から Costasiella sp. 8 まで 8 タイプの未記載種を掲載しています。

重要なポイント: 同じ「Costasiella sp. 3」でも、当サイトでは ホホベニモウミウシを指しますが、別の図鑑では別の未記載種に同じ番号が振られていることがあります。番号は「この資料の中での識別子」であって、世界共通 ID ではありません。

ハナビモウミウシ Costasiella sp. 1。当サイトでの未記載種番号付けの一例。
ハナビモウミウシ Costasiella sp. 1。当サイトでの未記載種番号付けの一例。
ホホベニモウミウシ Costasiella sp. 3。同じ Costasiella 属の別の未記載種で、番号で区別している。
ホホベニモウミウシ Costasiella sp. 3。同じ Costasiella 属の別の未記載種で、番号で区別している。

spp. = species pluralis (複数の種)

sp. に s を足した spp. は「複数種」を表す省略形です。例: Costasiella spp. = Costasiella 属に属する複数の種をまとめて指す。論文や図鑑で「Phyllodesmium spp. はサンゴ食」のように、属レベルでの生態をまとめて述べたいときに使われます。

Phestilla sp.」と「Phestilla spp.」は明確に意味が違います。前者は「Phestilla 属の (1 種類の) 未記載種」、後者は「Phestilla 属に属する複数種」です。SNS で観察記録を書くときは、写っている個体が 1 種類なら sp.、複数種が混ざっているなら spp. を使い分けると正確です。

cf. = confer (~に似ているが断定不可)

cf. はラテン語 confer (「比較せよ」「~を参照」) の略で、「外見はこの種に似ているが、解剖や分子解析まではできていないので断定はできない」という慎重なニュアンスを持たせる記号です。

例: トトロウミウシ Jorunna cf. pantherinaJorunna pantherina に外見がよく似ていますが、日本産個体がタイプ産地 (オーストラリア・Port Jackson) の個体群と同種かどうかは検証が終わっていないため、cf. を挟んだ表記が使われています。当サイトでは現在 11 種が cf. つきで掲載されています。

トトロウミウシ Jorunna cf. pantherina。Jorunna pantherina に似るが同種か未確認なため cf. を挟んだ表記。
トトロウミウシ Jorunna cf. pantherina。Jorunna pantherina に似るが同種か未確認なため cf. を挟んだ表記。

aff. = affinis (~に近縁の別種)

aff. はラテン語 affinis (「近縁の」) の略で、cf. よりも強く「これは別種だろう」というニュアンスを持ちます。「~に似ているが、解剖学的・遺伝学的に別種だと判断できる」段階で使われ、新種記載論文の前段階で論文内に登場することが多い記号です。当サイトには aff. 表記の種はまだありませんが、ウミウシ分類の文献を読むときに知っておくと便利です。

n. sp. / sp. nov. = 新種記載の予告

n. sp. は new species、sp. nov. は species nova の略で、どちらも「これは新種です」と論文内で宣言するときに使う記号です。たとえば「Phestilla viei sp. nov. (Mehrotra et al. 2020)」と書かれていれば、「viei は本論文で初めて命名する新種ですよ」という意思表示。論文が出版された瞬間に学名が正式に確定し、それ以降は「sp. nov.」が外れて単に Phestilla viei と呼ばれるようになります。

つまり sp. nov. は「論文の中だけで一時的に使う記号」で、図鑑や観察記録に長期的に残るものではありません。

観察記録や SNS で sp. 表記を使うときのコツ

未記載種の番号は資料ごとに独立なので、SNS や観察記録で sp. + 番号を書くときは「どこの番号か」を明示すると後の人が読みやすくなります。

  • 例: 「Costasiella sp. 3 via 世界のウミウシ」
  • 例: 「Phestilla sp. (Rudman 2001, Sea Slug Forum)」
  • 例: 「Trapania sp. (sensu Gosliner et al. 2018)」

撮影した写真は世界のウミウシに投稿しておくと、将来その未記載種に正式な学名が付いたときに、自分の観察記録に正式な学名が追加されたことが確認できます。

なぜ sp. が必要か

ウミウシは現在も毎年数十種が新種記載される、極めて未記載種の多いグループです。形態だけでは区別困難な隠蔽種 (cryptic species) も多く、種小名が確定するまでに数年から十数年かかることも珍しくありません。記載論文の準備中・査読中の段階でも、現場のダイバーや図鑑製作者はその個体について話したい・記録したい。そのギャップを埋めるのが、sp. / cf. / aff. といった暫定表記です。

当サイトでは現在 sp. 表記の種が 557 件以上、cf. 表記が 11 件あります。これだけの未記載・未確定の多様性が国内外で観察されているという事実は、ウミウシ分類学の最前線がまだまだ動いていることを示しています。

まとめ

  • sp. = 属はわかるが種は未確定の 1 種
  • spp. = 同属内の複数種をまとめて指す
  • cf. = ~に似ているが断定不可
  • aff. = ~に近縁の別種
  • n. sp. / sp. nov. = 新種記載中のラベル

これらの記号を読み解けるようになると、論文・図鑑・SNS のウミウシ情報がぐっと立体的に見えてきます。観察したウミウシの学名に sp. が付いていても焦らず、「いまはまだ正式名前待ちなんだな」と読み替えてください。

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