オセミズタマウミウシは新種か 写真から学名までにやること

オセミズタマウミウシは新種か 写真から学名までにやること

2026年07月22日 ·

オセミズタマウミウシは、ミズタマウミウシ属の小さなウミウシだ。コケムシの上でときどき見つかり、ダイバーには知られていて、和名もある。それでいて学名はない。データベース上の名前は今も Thecacera sp. 7 のままだ。

見つかっていて、和名までついているのに、なぜ学名がつかないのか。難しくて、誰にもできないからだろうか。この一匹に名前をつけるまでに実際に何をするのか、標本を採るところから論文が出るところまで、順にたどる。ちょうど近縁の Thecacera sesama が2026年に台湾から記載されたばかりで(紹介記事)、同じ小さなミズタマの仲間だから、いい見本になる。最後までたどると、名前がつかない本当の理由の方も見えてくる。

オセミズタマウミウシ Thecacera sp. 7
オセミズタマウミウシ Thecacera sp. 7

そもそも、これは未記載種なのか

記載の第一歩は、名前をつけることではない。「まだ名前がついていない」ことを確かめることだ。ここを飛ばして名前をつけると、あとで「それはもう別名で記載済みだった」と覆される。

オセミズタマウミウシは、中野理枝氏の『日本のウミウシ』に、新称の和名とともに Thecacera sp. 3 として載っている(当サイトでは sp. 7。sp. のあとの番号は載せる側がつける整理番号で、本によって変わる)。姿も知られ、和名まで整っているのに、学名の欄だけが空いたままの種だ。まずやるのは、同じ属の既記載種を並べて、そのどれとも違うと言えるかを見ること。ミズタマウミウシ属には、ミズタマウミウシ T. pennigeraツノザヤウミウシ T. pictaウデフリツノザヤウミウシ T. pacifica、それに新しく記載された T. sesama などがいる。それぞれの原記載と図を当たり、WoRMS で今も有効な名前かを確認して、斑紋や突起の形が合わないものを消していく。

ここは机の上の下調べで、標本がなくてもできる。ひととおり消してみて、どの既記載種にも当てはまらなそうだ、というところまで来る。これで「未記載っぽい」という見当がつく。見本の T. sesama も、記載の中で既存種との比較にきちんと一節を割いている。ただし、この下調べだけでは確定しない。本当に新種だと言い切るには、実物の標本と遺伝子が要る。だから、採りに行く。

未記載っぽい。では採ってくる

ここからは、机の上ではなく海の中の仕事になる。写真がどれだけあっても、写真だけでは記載できない。名前の基準になる実物の標本が要る。しかも、一匹では足りない。

ミズタマウミウシ属の小型種は、体長が数ミリしかない。特定のコケムシの上にいて、水深も20〜30メートルと浅くはない。まず見つけること自体が難しい。そのうえで必要なのは、一個体ではなく複数個体だ。名前が指し示す唯一の基準となるホロタイプを一個体、変異の幅を示すパラタイプを数個体、それに遺伝子解析用の個体。できれば同じ産地からまとめて採れるとよい。T. sesama は模式産地から六個体を採り、その六個体が遺伝的にまとまることを示して、種の実在性の根拠にしていた。

だから採集は、きれいな一匹を撮るのとはわけが違う。同じ場所のコケムシを丁寧に見て、数ミリの個体を複数そろえる。天気やうねり、その日いる個体数に左右される。潜れる海域か、採集の許可や漁業権の扱いはどうか、という現場の確認もついてまわる。英語論文も、標本の寄託先も、あとで何とかなる。だが採集だけは後ろに回せない。現場でしか埋まらない工程だ。

生きているうちに、全身を撮る

採ってすぐ、まだ色がのっているうちに、一個体ずつ写真を撮る。これが記載の土台になる。

というのも、固定すると必ず失われるものがあるからだ。生時の色だ。半透明だった体は白く濁り、模様の色は抜け、姿も縮む。だから生きているうちの一枚は、標本と同じ重みを持つ。

ただ撮ればいいのではない。あとから誰が見ても確かめられる写真でないと意味がない。全身が入っていて、触角二次鰓も、突起や斑紋の出方まで判別できる。そういう写真を、個体ごとに残す。見本の T. sesama は、数ミリの各部の計測を、生きた個体の写真から起こしていた。小さな種を外から見える特徴だけで記載するとき、この生体写真は標本と並ぶ一次資料になる。

全身をきっちり写した一枚とは別に、いた場所そのままの姿も撮っておきたい。どのコケムシの上で、どんな向きで体を伸ばしていたか。自然光の下の生態写真は、標本にも、計測用に整えた一枚にも残らない情報を伝える。ミズタマの仲間は特定のコケムシと結びついているから、どの群体の上にいたかは、そのまま生態の記録になる。

オセミズタマウミウシ がコケムシの群体にまぎれているところ。全身が写り、どの群体の上にいたかも分かる。
オセミズタマウミウシ をコケムシごと捉えた一枚。生態写真でも、条件がよければ全身の特徴まで確かめられる。

できれば、どの写真がどの個体かも対応づけておく。名前の基準になるホロタイプが生きていたときにどんな姿だったか。それが押さえてあれば、学名と標本と生時の姿が、あとから一本につながる。

写真と一緒に、その場でしか採れない情報も全部そろえる。採った場所・日付・水深・どのコケムシの上にいたか・採集者。標本を作り始めてからでは、もう現場に戻って埋められない。

採れたら、標本にする

無事に何個体か採れたとする。ここからは、持ち帰ってからの手作業になる。

まず麻酔をかける。硫酸マグネシウムの溶液などに浸けて、体を伸ばしたまま動かなくする(T. sesama の標本も、マグネシウム溶液で弛緩させている)。そのうえで保存する。ここに一つ勘所があって、何で保存するかで、あとから DNA が読めるかどうかが変わる。昔ながらのホルマリン固定は、形の保存はいいが DNA を壊してしまう。だから DNA を読みたいなら、高濃度のエタノールで保存する。T. sesama は、足の一部を DNA 用に取り分けたうえで、体そのものも 95 % エタノールで固定した。全部エタノールなので、標本からも DNA からも同じ個体が使える。内部形態をきれいに残したくてホルマリンを使う場合だけ、その前に DNA 用のかけらをエタノールに取り分けておく、という順番になる。

DNAを読む

エタノールで固定した個体から組織を少し取り、COI(種の識別によく使う、いわゆるバーコード領域)と 16S の塩基配列を読む。そして近縁のミズタマウミウシ属と並べて、系統樹の中でどこに収まるか、近い種とどれくらい離れているかを見る(COI や 16S で何がわかって何がわからないかは、DNA同定の記事に書いた)。

T. sesama の場合はこの結果がきれいに出ていた。系統樹で最も近いのはツノザヤウミウシ T. picta で、両者は姉妹群を作りつつ 14 % 離れ、模式産地の六個体どうしは 0.3〜0.6 % しか違わなかった。オセミズタマウミウシでも、やることは同じだ。姿から立てた「これは別種だ」という見立てと、遺伝子が示す位置とが食い違わないかを確かめる。二つの独立した証拠が同じ結論を指して、初めて別種だと言える。

形はどこまで見るか

ここは意外なところだ。記載というと、歯舌(口の中の、餌を削り取るやすり状の器官)を取り出して電子顕微鏡で撮り、生殖器を解剖する、という内部形態の作業を思い浮かべる人が多い。この「体を開いて内側から種を見分ける」やり方は、19世紀に膨大なウミウシを解剖して記載したルドルフ・ベルグまでさかのぼる、記載の古典的な型だ。ところが T. sesama は、体長 2.83 ミリの極小種を、歯舌も生殖器も開かずに記載した。診断は外部形態形質の組み合わせだけで組まれていて、生きた個体を撮った写真から各部を計測し、外形を起こしている。

オセミズタマウミウシも小さい。だから同じように、斑紋の出方・触角・二次鰓・体のサイズといった外から見える特徴をきっちり撮って計測すれば、内臓を開かなくても記載できる見込みが高い。もっと確実にしたければ歯舌も見るが、T. sesama が示すとおり、それが記載の絶対条件とは限らない。

名前をつけて、論文にする

ここまで来て、ようやく命名だ。ラテン語の文法に沿った種小名を作り、属名と組み合わせる。名前には由来を添える。T. sesamasesama はゴマを意味するラテン語で、体中に散る黒と黄の斑をゴマ粒に見立てたものだ。オセミズタマウミウシなら、産地や姿にちなむ名になるだろう。すでに同じ属で使われている名前と衝突しないかを確かめ、その由来を論文に明記する。

そして、ホロタイプを公的な博物館に預けて登録番号をもらう。標本は手元に持っているだけでは学名の基準にならない。T. sesama のホロタイプは台湾の中央研究院に ASIZM0001725 という番号で登録された。日本産の種なら、国立科学博物館などが預け先になる。近年は電子版だけの刊行も多いので、その場合は ZooBank という公式の登録簿に記録することも有効化の条件になる。これらを整えて、Zootaxa や ZooKeys といった査読誌に、英語で投稿する。査読を通り、論文が世に出た瞬間に、学名は正式に有効になる。そこで初めて、Thecacera sp. 7 は本当の学名を持つ。

足りないのは、書く人だけ

こうしてたどると、写真の一枚から学名まで、道のりの形がはっきりする。下調べは机の上でできる。採集は骨が折れるが、日本のウミウシには見つける人も採る人もたくさんいる。標本の作り方も、DNA も、博物館への寄託も、手順は決まっている。英語の論文でさえ、今なら下書きの壁はずいぶん低い。

そうやって並べると、本当に足りないものが一つだけ残る。最後に、その種を正式に記載する人だ。診断を書き、名前をつけ、論文にして世に出す、その一手を引き受ける人がいない。オセミズタマウミウシが長いあいだ sp. 7 のままなのは、採れないからでも、調べられないからでもない。この最後の一歩を踏む人がいないからだ。

最後の一歩が残るのは、それが難しいからではない。図鑑に和名をつけて「これは別種かもしれない」と載せることにも、責任はある。ただ、その名前はまだ開いていて、あとから直せる。学名をつけて論文にするのは、その名前をタイプ標本に結びつけて確定させ、著者として引き受けることだ。しかも後戻りがきかない。だから足りないのは、手間でも技術でもなく、その確定を引き受ける人の方だ。そこさえ埋まれば、候補を洗い出し、個体を集め、標本にし、配列を出し、博物館に預けるところまでは、こちらでそろえられる。書く人が現れれば、この属に並んだいくつもの sp. は、一つずつ本当の名前を持つ。

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