ルージュミノウミウシに学名がついた — 新属 Launsina として 20 年越しの記載

ルージュミノウミウシに学名がついた — 新属 Launsina として 20 年越しの記載

2026年05月21日 ·

日本のダイバーが長年「ルージュミノウミウシ」として撮ってきた紫色のミノウミウシに、新しい学名がつきました。Ekimova et al. 2026 が南シナ海・ベトナム産の標本をもとに Launsina tanyae として新規記載し、日本で「Flabellina rubropurpurata」「Samla rubropurpurata」と同定されてきた個体の多くは、 色彩からみて本種に該当すると考えられます。

論文

Ekimova I., Carmona L., Mikhlina A. L., Grishina D., Stanovova M. V., Schepetov D. M., Hoover C., de Souza-Canal J., Kuznetsov K. O. & Valdés Á. (2026). Neither "lumpers" nor "splitters": A global revision of Flabellinidae s.l. nudibranchs. PLoS One 21(5): e0347759.

新属 Launsina とは — ルージュミノウミウシが属する系統

属名 Launsina はフィリピン神話の女神 Laun-Sina (ラウンシナ) に由来します。東の空・星・海を司り、乾季に陽光と涼風をもたらし、強い台風から人々を守るとされる女神で、ビサヤ諸島の口頭伝承に登場します。

本属には現時点で 2 種が含まれます。

著者らは L. rubropurpurata が種複合体である可能性を排除できないとして、 この種をタイプ種 (属の基準となる種) に指定することを避け、 単一の模式標本から明確に記載できる L. tanyae を指定しています。

ルージュミノウミウシ = Launsina tanyae

ルージュミノウミウシ Launsina tanyae Ekimova et al., 2026
ルージュミノウミウシ Launsina tanyae Ekimova et al., 2026

国内では 1999 年に益田一『海洋生物ガイドブック』で「ルージュミノウミウシ」と命名されました。当時の学名は Flabellina rubropurpurata Gosliner & Willan, 1991 で、パプアニューギニア・南アフリカ・マーシャル諸島から記録されていた広域種として扱われていました。

Ekimova et al. 2026 は核 DNA とミトコンドリア DNA の 4 種類の遺伝子マーカーで再解析し、ベトナム・ニャチャン沖で採れた個体と、ニューカレドニアで採れた「rubropurpurata」が 別系統 であることを示しました。COI 遺伝子で 12.1 % の差があり、ウミウシの種間としては典型的な水準です。

論文に記載された L. tanyae の色彩は以下のとおり。

  • 地色はピンクパープルが均一に広がる
  • 不透明な白色の細点はごく疎らで、外套膜縁と体後方背面のみに散在
  • 触角は基部が白色、中央が黄色、先端がオレンジ色の三色グラデーション
  • 背側突起は鮮やかなオレンジ色、刺胞嚢 (毒を蓄える袋) は赤色

これらの特徴は日本で撮影されてきた個体と概ね一致しますが、論文に掲載された L. tanyae の写真はホロタイプ 1 枚のみで、日本産標本との直接比較や分子データによる確認は行われていません。 したがって 「国内産も本種に該当する可能性が高い」 までで、 国内に別系統 (旧 rubropurpurata sensu lato の中の別種) が紛れている可能性も残ります。

種小名 tanyae は、本種を採集したロシアの海洋生物学者 Tatiana Antokhina の愛称 Tanya (タニャ) への献名。Antokhina は熱帯から寒帯まで多数の海洋探査でウミウシ類を採集してきた研究者です。

本物の Launsina rubropurpurata — 日本で見つけたら初記録

Fig 7 A+B from Ekimova et al. (2026), PLoS One 21(5):e0347759 (CC-BY 4.0). A = Launsina rubropurpurata comb. nov. (New Caledonia, MNHN-IM-2019-27166)、 B = Launsina tanyae sp. nov. (Vietnam ニャチャン産ホロタイプ MIMB52174)。 原図の SEM パネル C-F を除外しトリミング。
Fig 7 A+B from Ekimova et al. (2026), PLoS One 21(5):e0347759 (CC-BY 4.0). A = Launsina rubropurpurata comb. nov. (New Caledonia, MNHN-IM-2019-27166)、 B = Launsina tanyae sp. nov. (Vietnam ニャチャン産ホロタイプ MIMB52174)。 原図の SEM パネル C-F を除外しトリミング。

「じゃあ L. rubropurpurata はどうなったの?」 という疑問が残ります。結論はシンプルで、ニューカレドニアで採れた個体が Gosliner & Willan 1991 の原記載と形態的に一致することが確認され、そちらが 真の Launsina rubropurpurata として残されました。

本種の特徴は L. tanyae と対照的です。

  • 地色は深い紫色
  • 不透明な白色の細点が背面全体に密にちらばる
  • 触角は基部が白色、先端がオレンジ色の二色 (黄色の中央バンドなし)

原記載産地のうち本種に確実に同定できるのは現時点でニューカレドニアと模式産地のパプアニューギニア・マダン産個体のみで、南アフリカ・マーシャル諸島の個体群が本種か否かは追加調査を要します。著者らは「種複合体である可能性が残る」と書いており、さらに分割される余地もあります。

もし日本国内で「深い紫の体に背面全体ぎっしりの白点、 触角は黄色の中央バンドを欠く 2 色」 という個体に出会えば、 それは L. tanyae ではなく 真の L. rubropurpurata で、 日本初記録となる可能性があります。

観察・撮影のチェックポイント

紫色のミノウミウシに出会ったら、 以下に注目して撮影してみてください。

  • 背面の白点の濃さ — ぎっしりなら L. rubropurpurata、 外套膜縁と後方だけに疎らなら L. tanyae
  • 触角の中央バンド — 黄色の中央バンドなし (白 + 橙の 2 色) なら L. rubropurpurata、 黄色のバンドあり (白 + 黄 + 橙の 3 色) なら L. tanyae
  • 背景色の深さ — 深い紫なら L. rubropurpurata、 明るいピンク寄りの紫なら L. tanyae
  • どちらにも当てはまらない場合 — 国内未記録の別系統や、 まだ記載されていない近縁種である可能性があり、 観察記録自体が貴重なデータになります

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なお、 本論文は Flabellinidae 全体を世界規模で再評価する 43 ページの大改訂です。 本記事で扱った Launsina 以外にも複数の属の統合・分割・再配置が提案されており、 詳細は別記事で扱う予定です。

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