ハツユキミノウミウシは1種だった — 環北極 Diaphoreolis 改訂と深海新種 D. shinkaii (2026)

ハツユキミノウミウシは1種だった — 環北極 Diaphoreolis 改訂と深海新種 D. shinkaii (2026)

2026年06月05日 ·

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ハツユキミノウミウシ Diaphoreolis viridis
ハツユキミノウミウシ Diaphoreolis viridis

日本沿岸で観察される ハツユキミノウミウシ (Diaphoreolis viridis)。 イギリス・ノルウェー・白海・バレンツ海から日本海・オホーツク海・北米西海岸まで、 北極をぐるりと囲んで分布する個体群が、 体色バリエーション (緑〜オレンジ〜白) と mtDNA 4 ハプログループに分かれつつも 全部 1 種だった、 という Grishina et al. 2026 論文が Zoologica Scripta に出ました。 2015 年に日本海から新種記載された Diaphoreolis midori、 2023 年の 2 亜種 (D. v. viridis + D. v. emeraldi) は全て D. viridis のシノニムです。

それと並行して、 オホーツク海・択捉島沖の 水深 705 m から新種 D. shinkaii が記載されました (種小名「深海」 = shinkai は日本語由来)。 先月の Flabellinidae 大改訂 と同じ Ekimova lab vs Korshunova lab の系列で、 今回は種レベルでの統合 + 深海新種です。

論文

Grishina D., Schepetov D., Mikhlina A., Antokhina T., Deart Y. & Ekimova I. (2026). What you can see from here: A critical role of integrative approach and sample size in defining species boundaries for trans-Arctic nudibranchs (Gastropoda: Heterobranchia). Zoologica Scripta.

邦訳: 「ここから見える景色 — 環北極ミノウミウシの種境界決定における統合的アプローチとサンプルサイズの決定的役割」

何が変わったか

論文が下した分類学的判断は 4 つです。

シノニム化 (3 件)

学名 (記載) → 現在の扱い
Diaphoreolis midori (Martynov, Sanamyan & Korshunova, 2015) D. viridis のシノニム
Diaphoreolis viridis viridis (Korshunova et al., 2023) — 基亜種 D. viridis のシノニム (亜種区分を撤回)
Diaphoreolis viridis emeraldi Korshunova et al., 2023 — 北東太平洋亜種 D. viridis のシノニム

新種記載 (1 件)

新種 タイプ産地 深度
Diaphoreolis shinkaii sp. nov. オホーツク海・択捉島沖 (北緯 44°51.833'、 東経 149°09.475') 705 m

つまり「日本海・サハリン・千島列島・北東太平洋の浅海から確認されていた緑〜オレンジ〜白までの色彩多型 → 全部 1 種 (D. viridis、 ハツユキミノウミウシ)」、 「ただし深海 705 m から別系統の新種が出てきた」 という構図です。

なぜ 1 種なのに 4 クレード?

論文は D. viridis 集団から 77 個体を分析し、 mtDNA (COI、 16S、 H3) で 4 つの明瞭なハプログループ を検出しました。

ハプログループ 主な分布 関連名
Clade A (North Pacific I) 日本海、 サハリン (旧 D. midori のタイプ)
Clade B (North Pacific II) 最大グループ、 ロシア沿岸・千島列島・サハリン・ワシントン州 (旧 D. v. emeraldi 一部)
Clade C (North Pacific III) サハリン 1 個体のみ、 大西洋の Clade D に近縁
Clade D (North Atlantic) イギリス、 ノルウェー、 白海、 バレンツ海 (旧 D. v. viridis)

COI の p 距離は 1.2 〜 6.3% で、 ミノウミウシ類の種間距離と重なる値です。 普通ならここで「4 種に分けるべき」 と書きそうな数字。 しかし著者らは別の判断をしました。

  • 核マーカー (18S、 ITS2) では 4 クレード間で固定置換ゼロ = 集団間の遺伝子流動が現在も維持されている証拠
  • 形態 (体形、 触角背側突起の配列、 顎板、 歯舌、 生殖器官) でも分離不能
  • mtDNA の分岐は更新世の氷期遺存地による一時的隔離の名残りで、 ベーリング海峡が開く間氷期に遺伝子流動が回復したものとして説明できる

論文の核心は「mtDNA のハプログループ をそのまま種に翻訳してはいけない」 という方法論への苦言です。 Korshunova et al. 2023 が D. midori と 2 亜種を維持したのは、 まさに mtDNA 単独評価の例と論じています。

Diaphoreolis shinkaii sp. nov. — 深海産の新種

ホロタイプは 1 個体のみ、 オホーツク海・択捉島沖の水深 705 m から底引きトロールで採集。 ホロタイプ単独記載というのは異例ですが、 COI の p 距離が他種から 9.9 〜 12% と十分離れていること、 浅海の D. viridis とは色彩 (灰白色で色素沈着がほぼない) と形態 (背側突起の列数や歯舌の歯尖数の違い) が明瞭に異なることから、 種として記載されました。

種小名の由来は論文 Appendix に明記されています。

Etymology: «深海» (shinkai) means «deep sea» in Japanese

Flabellinidae 改訂と同じ構図

先月の Flabellinidae 改訂記事 で書いた通り、 Ekimova lab と Korshunova lab は最近、 連続して反論を出し合っています。 今回も同じ流れです。

論文 グループ 主張
Korshunova et al. 2023 Korshunova-Martynov 派 D. midori は別種、 D. viridis は 2 亜種に分かれる (mtDNA + 形態)
Grishina et al. 2026 (今回) Ekimova 派 全部 1 種 (D. viridis) + 深海新種 1 (D. shinkaii)。 総合的アプローチと十分なサンプル数が必要

Flabellinidae のときは属レベル (Coryphella を細かく分けるか統合するか) の論争でしたが、 今回はその一段下、 種レベルの話。 構図はそっくりです。 ただ純粋な統合だけではなく、 同じ手法で深海から新種を引き上げてもいる点が「neither lumpers nor splitters」 を主張する Ekimova 派らしい論文の組み立てになっています。

サイトでの反映

今回の論文を読んで、 日本産個体として D. midori で登録していたものを D. viridis (和名: ハツユキミノウミウシ) 側に統合しました。

種ページ サイトでの変更
ハツユキミノウミウシ (D. viridis) 公開中 (status=1) のまま、 参考文献欄に Grishina et al. 2026 を追記
Diaphoreolis midori 非公開 (status=3) に退避、 D. viridis のシノニムとして処理
Diaphoreolis shinkaii sp. nov. 未登録。 投稿があれば追加するが、 水深 705 m の深海種なので現実的には期待薄

D. viridis の 2 亜種 (viridis / emeraldi) はサイトに登録していなかったので影響なし。

締め

ハツユキミノウミウシは日本沿岸でも観察される種で、 背側突起に並ぶ白斑が特徴です。 今回の論文によると、 日本海から北大西洋まで体色のバリエーション (緑〜オレンジ〜白) すべてが 1 種の集団内多型ということになります。 日本産個体も世界共通の D. viridis として扱えるようになりました。

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